記憶と記録

幼なじみのお宅で花火を見ました。


友人が羨ましかったんです。

お母さんがあたたかくて、、

ないものねだりですね。


私は、昼間親戚に預けられていて、夜遅くに父が帰宅して不機嫌だったりして、妬んだり、ひがんだりしていました。


今なら言えます。


家庭には質がある、と。


質とは、ありのまま、その人が認められる場所や関係です。


ありのままができれば世の中もそのまま見ることができたり、受け入れることができます。


いつも不満を抱えていた私は、色眼鏡の中で育って、その色眼鏡が合わなくても取り替えていなかった不満でした。


後悔はありませんが、環境が違ったら違う道がひらけるのが、わかります。


誰かを悪くいうことなく、そのひとにあった場所です。


感情に支配されることなく、感情を利用することができます。


見まわすと、彼女の家族や親類の中にポツリとご近所さんの私。


ひとりものを気にかけてくれる人がここにいました。


昔のあだ名や名前で呼ばれるのは懐かしい…

オープンマインドで、おもてなしを受けるてほっこりです。


お母さんは最年長にも関わらず、座ることなく、飲み物を次から次へと提供してくださるんです。


友人も、、。


自然にできるのは身についているからですね。


風がなかったので、花火は煙におおわれていました。


夏の夜です。



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