どれもこれも。

あれもこれも続きません。


生きにくいのは、生活環境のせいだとおもっていました。


周囲には変な子だよといわれていたり短気は損気といわれていたことがあったので、自分を責めていたのです。


集中できることを探して習い事をしてみました。


昨日、このブログを更新してから、ADHDの広告が表示されるようになりました。


色々当てはまってきます。


受診する病院は、、あれ?行ったことがあるぞ、と。


20年以上も前です。

睡眠薬精神安定剤を処方されました。


眠れていました。

なぜ薬がいるのかな、薬漬けにされるのは困るので、通院は1回か2回だったかな。


それから、うつ病の症状を探し改善することを探し始めました。


ハーブクラフト教室にも通っていました。

ハーブはヨーロッパで薬として認められています。


NHKEテレの番組で見た記憶があります。

教会の一角にありました。

木の棚に乾燥した薬草が並んでいて、無造作に掴んでは紙袋のような袋に入れてお大事にって渡されていました。


病院探しをやめました。

そして、医師にたよるのもやめました。


生きたい、なにかをしたいというエネルギーは私の中にあるはずと思っていた頃です。


個性だと思うことにしました。

どんな障害もすべて個性です。


生き辛さも。


まるっと全て持ち合わせて、生かされている、、それだけのことです。


職場では、誰かと比べて頑張っていないなと自分を萎縮させて表情が曇ってしまったり、キョロキョロするので職場上司が何ですかと近寄ってきてくれたり、間違いを社員問われ同僚には大変だったんだよと言われ指摘されると感じて萎縮をするなど、日本の会社社会に馴染めませんが、まぁそれはそれです。


迷惑をかけてはいけないし、他人の時間を使ってはいけない、、はぁ、です。


早く帰ると嫌がられるし間違えても嫌がられる、、、。


職場の別の同僚には、仕事合わないでしょと。

そうなの、と肯定をしてしまいました。


会社に合わせようとするから、合いません。

自分を知り、できることを続けて価値を提供できるようになれば環境は変わるはずです。









困ること

その1.優しいと言われる

 

ほめられた気がしません。

それは、私の場合は優しいという言葉は優柔不断に置き換えられるような気がしているからです。

 

決められない。

 

ひとつのことをひきずってしまい、ミスを重ねてしまい、パニックを起してしまうので、何かを決めたり、誰かに伝えたりというのは苦手です。

 

会社にいるとずっと自分を責める声や過去の経緯ばかりが頭の中をぐるぐる巡っています。

 

 

その2.常に眠い

 

過眠症なのではないかと思っています。

とにかくいつでも眠いです。

ここ一番の時に居眠りなんてことはしょっちゅうです。

 

 

その3.学習障害

 

状況や学びを覚えていることができません。

誰かが言った事や文字や状況など、ぼんやりしか覚えられません。

忘れ物はよくあります。

 

会話が理解できなかったり、うる覚えなので、聞いていないといわれることが多いです。

 

 

その4.急げない

 

心拍が上がるとそのままパニックになるので、ミスをしやすい環境してしまいます。

 

 

その5.こわすぎると緊張して口角が上がったり、笑ったように見られる

 

ある人に顔の筋肉をコントロールする練習をしたほうがよいと言われました。

怒られているのに口角が上がっていたからです。

相手の話を聞かなくてはいけないと思うほど、のようです。

鏡を見ながら練習がいるのかな。

 

呼吸ができなくなってしまうので、少しずつはくには笑うのが一番楽なんです。

 

人間の中で生きるより生命体として省エネで生きる習慣ができているようです。

 

 

筆記テストは人よりできることがあって、賢いと思われています。

これが厄介です。

なぜ間違えるのか理解されにくいです。

 

1度したことを覚えられないということや、今までできたことができなかったりします。

 

間違えを指摘されたときに、

ごめんなさい、次回は気をつけますとしかいいようがありません、

間違えたくて間違えているわけでもないし、できる限りやっている、

と伝えると開き直っていると言われて、はっとしました。

 

これまでは自分がいけないと責めていました。

集中力が足りないので、これをどうにかする、には・・・?

 

私を生きにくく感じさせていてことがわかりました。

過去の環境のせいにしていました。

自分の素質のせいにしていました。

 

そんなことをしたところで意味がありません。

 

ただ、私の居場所ではなかった、、それだけです。

眠れると思うと安心するのは現実逃避かそれとも疲れのあまりか、わかりませんが、自分ときちんと向き合ってこなかったので、どこにも居場所がありません。

 

ひとりが気楽なのは、傷つくのを恐れているからだ、と言った人がいましたが、その時はなんとなく、違うと思っていました。

 

ひとの中で表現しないことを選んできてしまったから、どうして良いかわかりません。

 

どうして良いかわからない、それだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富の泉のありか

億万長者の秘密を君に教えようの中で、リチャード君が求めたのは、海の水でした。


メンターと呼ばれる助言者から、人生はリッチ(豊か)かハード(過酷)か、尋ねられたリチャード君はお金持ちになりたいのなら、2度と貧乏と言ってはいけないと言われます。


バードだと思えばハードになるし、リッチだと思えばリッチになる、考え方を変えると、人生が変わる、と。


そして、富の泉の持ち主からは、見えるものは必ず実現できるから探すのをやめてはいけないよと言われます。


この物語の中で、富の泉の持ち主は、「喉の渇きを潤す命を繋ぐコップ一杯の水」「いまの暮らしを維持するバケツの水」「人生を変えたいと自ら歩き出す海の水」どれを求めるのか尋ねます。


刻々過ぎていく時を何を求めてどう過ごしているのか、意識すると生き方が変わってきます。


ビジョンから行動へ。

きっとよくなる。❣️





パニックで動けず

時々あります。


パニックをおこして、何をしたら良いか分からなくなることが。


自分で言うのもなんですが、外見は普通にいやもしかしたらひとりでできる人に見られていますが、実際は言葉が出てこなかったり、動かなかったり、同じ言葉がぐるぐる頭に回っています。


そういえば、短気は損気だと言われていたことを思い出しました。


パニックになり、どうでもよくなる、これは幼い頃からのものだったようです。


自分と向き合うと発見がありますね。


瞑想がいいと人は言いますが、今の所は自分の声にパニックをおこして途中で挫折しています。


体が動かない、、

焦らず騒がず。


ひとりでよかった、と思う時です。


今の居場所

生まれてからずっとこの土地にいます。



風と共に去りぬ」という映画を何度もみました。


ビビアンリー演じるスカーレットは、

アシュレーに憧れたまま愛してくれて行動力とお金があるレットバトラーと結婚し子供を授かり落馬により失ったことをきっかけに愛情表現をしなかった旦那さんが離れていっていまい、残されたのは生まれ育ったタラという土地と自宅だった、、。


戦争で全てを失った時、決して飢えないと大地の土を握りしめて立ち上がり、旦那さんが去ってしまったあとで、明日は違う日だと言っては立ち上がる。



生命力を感じるエネルギーに圧倒されます。

今なら決してできない心と体がつながった表現です。


ひとはひとりで生まれて死を迎えるのに、ひとりでは生きられないし、誰かに支えられていることを感じます。


常に見られているのを煩わしく感じたこともありますが、それは自分が鎧をつけていたからです。


鎧を脱いだら心強いと感じたり、自分でできることはあるだろうかと考えたりしています。


我が家は留守に防犯カメラはいりません。


それは、いろんな方向や距離からいろんな年齢層の人が見ているから。


朝はご近所さんが目の前のゴミ集積所に出してあるものを片付けて掃除までしてくれています。


我が家の自宅前でご近所の年配のご婦人が倒れて塀が血で染まったことがありましたが介助と清掃が終わったあとでその時の出来事を教わったことがあります。


駐車場が足りないそうなので、、とお客さんを連れてきてくれて、最近違う車が止まっているみたいと管理までしてくれていたようです。


干していた布団が落ちていると声をかけてくれる子供がいました。


口悪い人もいましたが、そういう方は視界から消えました。

(過去や悪いことに気を取られてしまう方は顔に出ていますね。会話を聞けば、その人の稼ぎ力がわかるといっていた日給1億円の方を思い出します。)


自分の主張は通らないと思ったのでしょうか。


相手を想うと言葉も態度も変りますので、周囲の人が変わります。


生まれ育ったこの土地で私はひとりなのにひとりではなくいろんな立場の人と様々な距離感でつながっているようです。








記憶と記録

幼なじみのお宅で花火を見ました。


友人が羨ましかったんです。

お母さんがあたたかくて、、

ないものねだりですね。


私は、昼間親戚に預けられていて、夜遅くに父が帰宅して不機嫌だったりして、妬んだり、ひがんだりしていました。


今なら言えます。


家庭には質がある、と。


質とは、ありのまま、その人が認められる場所や関係です。


ありのままができれば世の中もそのまま見ることができたり、受け入れることができます。


いつも不満を抱えていた私は、色眼鏡の中で育って、その色眼鏡が合わなくても取り替えていなかった不満でした。


後悔はありませんが、環境が違ったら違う道がひらけるのが、わかります。


誰かを悪くいうことなく、そのひとにあった場所です。


感情に支配されることなく、感情を利用することができます。


見まわすと、彼女の家族や親類の中にポツリとご近所さんの私。


ひとりものを気にかけてくれる人がここにいました。


昔のあだ名や名前で呼ばれるのは懐かしい…

オープンマインドで、おもてなしを受けるてほっこりです。


お母さんは最年長にも関わらず、座ることなく、飲み物を次から次へと提供してくださるんです。


友人も、、。


自然にできるのは身についているからですね。


風がなかったので、花火は煙におおわれていました。


夏の夜です。



f:id:skyblueearth:20170806052210j:plain






遅めのランチタイム

お仕事をしたので、ご褒美ランチです。

思いつきで本当にたくさん動きました。
シメは友人宅で花火観賞。

声をかけてくれる人が私にもいました。😭

素敵な夏の日をお過ごしくださいませ。

f:id:skyblueearth:20170805141944j:plainf:id:skyblueearth:20170805142009j:plain